
歴史に埋もれた古道・筏師の道を歩く
皆様は同じ県に属しながら境界が接していない『飛び地』があるのをご存知でしょうか。
現在日本唯一の飛び地として知られているのが和歌山県の北山村です。北山村は奈良県と三重県のみに接しているので、本来はそのどちらかに所属することになったはず。しかし明治の廃藩置県の際、生活圏において深いつながりがあった新宮が和歌山県に編入されたことで、北山村は同じ和歌山に属することを願い出て認められました。
なぜ遠隔地として認められたのか、それは北山村と新宮市が川でつながっていることが大きな理由となります。古来、紀伊山地の豊富な天然林から切り出した木材を運搬する際、険しい山地が続く陸路では到底無理でした。川に浮かべた筏に木材を積みこみ、筏師と呼ばれる船頭が新宮の河口まで運んでいました。川の流れを読み巧みに難所を避けて、大事な木材を運ぶ筏師は危険さゆえの高給が約束され、憧れの目で見られる花形の職業でした。太平洋に出た木材は江戸に運ばれ、運ぶ前の10倍もの高値が付いたといいます。また新宮から戻る筏にはコメや魚など山間では手に入らない物資を積んで運んでおり、北山村と新宮市は生活圏として切っても切れない関係にありました。
そして新宮で仕事を終えた筏師が竿や櫂を持って家路を急いだ道が今では筏師の道と呼ばれています。今回は3日間のゆとりの行程で、新宮と北山村、そしてその周辺の見どころを巡る山旅をご案内しました。
1日目 新宮の神倉神社から千穂ヶ峰を経て熊野速玉大社へ

現地へ向かう途中、尾鷲にある「お魚いちば おとと」に立ち寄り、昼食休憩を取りました。こちらは尾鷲で水揚げされたばかりの新鮮な海産物が購入でき、レストランもあるので食事をすることもできる施設です。


店内に入ると所せましと水揚げされたばかりの海産物が並べられ、驚きの価格で販売されています。またレストランは自分の好きなおかずを取って定食を作ることができ、新鮮な魚介類を選んで楽しむことができます。普段食べることのないマンボウのから揚げはぷりぷりの食感が珍しく、お刺身と焼き魚といっしょに大変おいしくいただきました。


昼食後、本日の目的地、神倉神社から千穂ヶ峰を経て熊野速玉大社へと歩く道をご案内。まず最初に訪れる神倉神社ですが、神社の境内からは急な石段が続きます。ひとつひとつの段差も大きく500段以上もある坂の傾斜はかなりのもの。その急な坂を10分ほど歩くとゴトビキ岩と呼ばれる巨岩が鎮座し、ここには神代の昔、熊野三山の神々が天から最初に降り立った場所として古くから信仰されています。

ゴトビキとは現地の方言でひきがえるという意味です。下から仰ぎ見ると何となく巨大なひきがえるに見えてこないでしょうか。このご神体の前は大きく広がる太平洋と新宮の街並みが大変きれいに眺められます。参拝を終えて近くの登山道入口から入山します。


登山道はあまり通る人もいないようで足元の岩もところどころ苔生しています。短い距離ですが急登や急下りもあり、稜線からは太平洋や新宮川(熊野川)の眺めも部分的にあり、変化のある山歩きを楽しむことができます。

山頂から下山するとそこが熊野三山のひとつである熊野速玉大社です。熊野三山の本宮である神倉神社から神武天皇も国見のために登頂したという千穂ヶ峰を経てたどり着きました。今後の山行の安全を祈って参拝させていただきました。





熊野速玉大社を後にして本日の宿泊場所、入鹿温泉ホテル瀞流荘へ到着しました。こちらは山間の一軒家で豊富な天然温泉とおもてなしが自慢の人気のお宿です。ゆったりとした温泉でくつろいで移動の疲れをいやし、品数が多い大満足の夕食をいただきました。
2日目 筏師の道を歩く




本日は今回の山行のメインルートである北山村の筏師の道を歩きます。登山口である瀞峡は国の特別名勝に指定される奈良・三重・和歌山の三県境に位置します。すぐ近くには駐在所と郵便局があり、きなこという名のかわいい猫がいつも周辺でくつろいでいます。荷物の準備と体操を済ませていよいよ出発です。



出発してすぐに階段の急登があり、小さな集落と公民館、秋葉神社を経てさらに植林帯を登っていくと東野峠にいたります。



東野峠からは下りの道。朽ち果てようとする廃屋や田畑の跡、崩れた炭焼き窯などを見ながら歩いていきます。数十年前までは在ったであろう日常の風景。それが長い時間を経て自然に戻っていく様子が郷愁を誘います。


ここもかつてはたくさんの人が行き交う生活の場でした。川の上流にダムができ、国道が開かれて、トラックが運搬の主役になったために忘れ去られようとしていますが、近年ではその存在が知られつつあり、この古道を歩いてみたいという方も増えてきています。同じ紀伊山地にある熊野古道とはまたひと味違う魅力があり、今後は北山村の有力な観光目的地になるのではないかと思っています。


コースの終盤はほとんどアップダウンの少ない道になり、ほとんど樹林帯の中ですが瀞峡の静かな流れを眺める展望ポイントもあります。


昔の住居があったであろう石垣の横を通り抜け、生活の痕跡が残っている家屋の跡を見ながら先を進みます。このあたりになるとやや迷いやすい場所もあるので注意が必要です。

コースの終点近くには2018年に新種と認定されたクマノザクラの老木があります。クマノザクラは桜の原種として日本固有、根元付近からよく分枝し花期が早いという特徴があります。クマノザクラの花期である3月中旬(3/13金-15日)にあわせて、今回と同じプランを設定していますので、お花の時期に筏師の道を歩いてみたい方はぜひご参加ください。



筏師の道終了後、時間に余裕があったので北山村の吊り橋を訪れてハイキング。その後本日の宿であるおくとろ温泉やまのやどへチェックイン。本日は小雨の予報でしたが、いい具合に天候が変化し、晴天の中を予定通り歩くことができました。
3日目 雨天のため予定変更



最終日は別の筏師の道を通って木津呂集落を眺める山歩きの予定でしたが、雨が降っているため登山は中止。下山後に訪問予定だった赤木城跡と丸山千枚田を先に訪れ、道の駅に隣接する鉱山資料館を見学して帰路につきました。
今回は3日間というゆとりの日程で、まだ認知度が低いながらも注目の古道を歩き、現地の歴史や文化、温泉やグルメに触れることができる貴重な山旅となりました。来年の山旅計画も複数できて、アフリカ大陸最高峰・キリマンジャロへ挑戦しようという大きな目標もできましたね。ご参加の皆様、誠にありがとうございました。また来年もどうぞよろしくお願いいたします。
山旅ガイドサービス 井上
