2025年3月5日、奈良山岳自然ガイド協会の研修に参加しました。私が所属する奈良山岳自然ガイド協会では毎年多くの所属ガイド向け研修会が開催されていて、これまでなかなか参加する機会がありませんでした。しかし今回は「全国唯一の飛び地の村」である和歌山県北山村でその昔、紀伊山地で切り出した木材を運搬した筏師が通った道をガイドするという研修会があり、以前から興味があった場所なので早くから参加希望を出して参加することができました。当日は小雨がちらつく天候でしたが、参加人数は講師含めて9名という当協会の研修では多めの人数となり、ガイド諸氏の関心の深さがうかがえる研修となりました。

今回の講師は奈良山岳自然ガイド協会・岩本泉治会長。ご自身が上北山村生まれで紀伊山地の山岳のみならず、この地域の民俗・歴史文化に大変詳しい方です。解説手法もその土地の自然や文化風習を織り交ぜながら分かりやすく説明していただけるので大変勉強になります。



スタート地点は国特別名勝の瀞峡。奈良県十津川村ですが川を隔てて、和歌山県新宮市と三重県熊野市と隣接する三県境に位置します。位置関係などは十津川村の観光協会ページが詳しいので、興味がある方はご覧ください。詳細はこちら 十津川村観光協会HP 登山口近くには駐車場と郵便局、駐在所があります。駐在所にはとても人懐っこい猫が飼われていて私たちを出迎えてくれました。名前は「きなこ」といって観光大使に任命されているようでした。


会員同士の自己紹介とレクチャーを終え、いよいよ出発。コースは瀞峡から集落を経て杉檜の樹林帯を東野峠(とうのとうげ)まで登り、それから北山川を眼下に見ながらかつて筏師が通った道を北山村まで歩くというものです。歩行時間は約5時間前後、峠付近はアップダウンがあるものの、そこを過ぎれば比較的歩きやすいコースとなります。




植林帯を歩きながら解説があり、杉や檜をどのようにして筏に組んで新宮まで運ぶか、筏師は急流に木材を流してそれに乗り、3日から4日をかけて新宮まで運び、新宮の港湾でまた別の商品を筏に積んで戻るという交易の担い手でした。危険はあるが公務員の何倍かの給金をもらう収入の良い職業であり、紀伊山地で切り出した材木は新宮をへて千石船で主に江戸に出荷され、江戸では10倍の値がついたとか。しかし終戦後は道路の整備、トラックの活躍などで筏師という職業はなくなり、現在は観光用の筏が復活しています。筏師は新宮までの間に材木の数などによって税金を取られたため、十分な体力と計算のできる頭がなければいけないエリートだったということです。



かつては多くの人が行き交ったであろう道はところどころ荒れていて、廃屋や通電していない電柱、炭焼き窯の跡などが点在しています。この筏師の道はここ数年で脚光を浴びてくるようにはなりましたが、まだまだ歩く人は少ない古道と言えます。しかし、かつて人が暮らした形跡がまだ残っていて、その古道としての趣は新しい紀伊山地の目的地としての視点を与えてくれるのではないでしょうか。



個人ではなかなか訪れることが難しい筏師の道ですが、古道好きな方、ある程度熊野古道などを歩いてきた方におすすめできるコースかと思います。周辺にはおすすめの観光地やハイキングコースもあり、今後のガイドイベントなどで紹介することができればと思っています。
山旅ガイドサービス 井上